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清田 智誠  TOMOAKI KIYOTA

なんとなくイタリア


ヴィヴァルディの「四季」を聴くとイタリアを思い出す。何となく土臭く、何となくおぼろげで、何となくしみとおってくる。今となれば、そんな不思議な体験をした気がするのである。--時の流れは人を変え、追憶の中に残像として存在するように思える。ただ街並みは今も昔も人の思いとは別に存在する。---8年間滞在したイタリアから帰国してもう12年になろうとしているのか!
現在では何となくちょっと自分の造りたいものを造ったりもしている。今でも身体も心もイタリアとつながっている自分がいとおしい。

その当時、青春時代の挫折の中で接するすべてが想像を絶するすさまじいエネルギーに満ちて軟弱な私に迫ってきた。とめどなく降りかかる圧力を必死にはねのける毎日だった。しかし、そののしかかってくる自分を潰しそうなものは歴史だと体感したとき、一瞬にしてその巨大な圧力が大きなゴム風船で、私を押し潰しても私自身のフォームを残して寛容に包み込んでしまうマジックバルーンであることがわかった。



そのときから私は母親の胎内にいるように確実にそのマジックバルーンの中で育っていったような気がする。それからというものは見るもの触るものすべてが美しく、心躍る毎日で、同じ日常の繰り返しで視野の狭かった以前に比べ、自然の欲求がすべての根源であることを知ったような気がする。ナチュラルに、よりナチュラルに物を捉え、考え、表現する。それが独自性の基本で、自然と人間の共存共栄ではないだろうか。

生活の中でいろいろなことがあった。言葉が話せない頃、チーズを買いに行ったときのこと。
ミラノのミケッタ(ミラノの小型のパン)にゴルゴンゾーラを付けて食べると大変美味しかったのだが、これが欲しいとしかいえなかったため、なんと1kgほどのゴルゴンゾーラを買うはめになってしまい、2週間食べ続けた結果、部屋中がゴルゴンゾーラの匂いになり、地下鉄に乗っても自分がゴルゴンゾーラの匂いがするのではないかと心配したことや、列車が定刻通りに出ないので心配して駅員に聞きに降りたら列車が出てしまったり、友人からもらったスポーツ自転車のサドルを一番下げても信号で止まったときは舗道に足をかけないと足りなかったり・・・



形を作り出すデザインを水平面とすると、時の流れは垂直に流れる。イタリアにあるすべての柱はその円筒形の形がデザインと歴史の象徴となって私どもに語りかけてくれるような、何となくそんな気がする。
追伸
マジックバルーンの場所・・・サント・スピリット通り4番地にあった。今はもう無いかもしれませんが・・・
注意!!飲み込まれる前に大きく息をして、もっている空気をすべて吐きだしてから抵抗せずに飲み込まれてください。